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【聖地巡礼】神奈川の走水神社・江島神社~次は神奈川が危ない?海を護る女神さまたちと自分の使命

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昨日1月5日に、神奈川県の走水神社と江島神社に神札をいただきに家族4人でお参りに行った。
中国の媽祖さまを含めた海(水)を司る女神さまとのご縁と、東日本大震災の津波の前後の女神との不思議な出逢いについても紹介する。

【目次】

 

すみません。書いているうちに、前置き部分だけでもかなり長くなってしまいました。
自分が関心があるところだけ読んでください。

過酷なスケジュール

昨年は5月の弟の不幸もあって、喪中のために、通常は初詣は避けられるところだ。
だが、今は忌中の期間は過ぎていることもあり、また初詣ではなくお参りとして、新たな神札をいただくためにも、行くことにした。


うちの家族は、聖地巡礼だけでは行こうとしないこともあって、最後に中華街で食べ放題という「餌」で釣ることにした。
こういう方便も、家族にも徳を積ませるためには必要なこともある。


そのため、観音崎→江の島→横浜中華街という、かなりのハードスケジュールとなった。
いつもどこかへ出かけるときは同じだが、妻が日本語が達者でない外国人(タイ人)であるため、私が持ち前の情報収集力を発揮して、分刻みで綿密なスケジュールを立てる。

弟橘媛命について

まず、走水神社といっても、知らない人はその読み方もわからないかもしれない。
走水(はしりみず)神社は、神奈川県横須賀市走水(はしりみず)にある歴史がある神社だ。
そこでは、日本武尊(倭建命、やまとたけるのみこと)と弟橘媛命(おとたちばなひめのみこと)を御祭神として祀っている。


日本武尊は知っていても、オトタチバナヒメって?という人もいるだろう。
Wikipedia的に言うと、日本武尊の妃(きさき)である。


ここまで書けば、記紀神話で、海に身を投げてヤマトタケルノミコトを救った女性だと気づく人もいるだろう。
そして、よく知っている方は、美智子皇后さまも敬愛する女神さまだということも。

江島神社の御祭神について

次に、神奈川県藤沢市江の島という島にある江島(えのしま)神社に祀られている御祭神について。
これもWikipedia的に書くと、宗像三女神を祀る神社ということになる。
本来は福岡県の宗像大社の御祭神だが、神仏習合とか色々あって、江の島でも祀られている。


3つの宮があり、「奥津宮(おくつみや)」に多紀理比賣命(タギリヒメノミコト)、中央の「中津宮(なかつみや)」に市寸島比賣命(イチキシマヒメノミコト)、北方で最も高い位置にある「辺津宮(へつみや)」に田寸津比賣命(タギツヒメノミコト)を祀る。
そして、この三女神を「江島大神」と総称している。


この神社は、江戸時代までは弁財天を祀っていて、江島弁天・江島明神と呼ばれていた。
本来は昔から弁才天信仰の地だったのだ。
そのため、いちばん下の辺津宮の隣には、本来の祭神であった弁財天さまも祀られている。

なぜ神棚に祀っているか?:弟橘媛命さま

これは話せば長い物語になる。
まず、弟橘媛命さまとご縁ができたのは、2005年10月のことだった。
ダウジングの指令により、茨城県聖地巡礼としていくつかの社寺をまわった。


その神社の一つが、天妃(てんぴ)神社(弟橘媛神社)だった。
女神さまをお祀りした神社が荒廃した様を見て、心が傷んだ。
そして、イソガニの「神使」が現れた。
これは何かのお知らせだろうと、いくら鈍い自分でも気がついた。

女神の悲しみ

その時に書いた聖地巡礼気のブログ記事では、帰宅後にダウジングでいろいろと伺っている。
それを読んで、思わず苦笑した。
守護する存在に、こういうことを尋ねていたのだ。

天妃神社で現れたカニは、神遣いですか?→Y
媽祖さまのお遣いですか?→N
弟橘媛さまのお遣いですか?→Y
カニが現れた理由は、私に何か訴えたいことがあるからですか?→Y
神社をきれいにしてほしいという訴えですか?→Y
天妃神社にまだ媽祖さまはいらっしゃいますか?→Y
私は媽祖さまとご縁がありますか?→Y
媽祖さまはジャワのラトゥ・キドゥル同一の存在ですか?→N
私はまだラトゥ・キドゥルさまとつながりがあるでしょうか?→Y
いつかまたインドネシアへ参りに行くべきですか?→Y
弟橘媛さまが海に身を投げられたという伝説は事実ですか?→Y
弟橘媛さまは、日本武尊さまの妻神でしたか?→Y
日本武尊さまを助けるために身を投げたのですか?→N
望まぬ結婚の故に身を投げたのですか?→Y


最後の方など、今思うと正しくないだろうと思うこともある。
ダウジングというのは、どうしても自分の考えや願望などがそのまま出てしまう。


この時の巡礼機は下記の記事にある。

 

それで、翌週にまた弟橘媛神社を訪れて、掃除をした。
その時、下記の記事で書いているように、今度は息絶え絶えの赤トンボを境内で見た。



その後も何度か神社に通い、境内がもっときれいになりますようにと祈り続けた。
すると、その後に社殿が改築された。
境内も綺麗になった。
自分の祈りの力ではないとしても、すごく嬉しかった。


その後に、ダウジングによる指示だったと思うが、走水神社の神札を神棚にお祀りするようになった。
大洗・弟橘媛神社には社務所も神札もないから、走水神社になった。

津波のヴィジョン

その後、千葉・茨城・福島の海沿いの寺社ばかりを聖地巡礼させられてきた。
その一連の巡礼が終わった直後の2006年4月12日に、津波のヴィジョンを視た。


それからちょうど6年後の2011年3月1日に、そのヴィジョンに対応する津波が起きてしまった。
自分のヴィジョンや夢が現実に起きることを多く経験してきた今は、もっと自分が視る夢やヴィジョンを重く見るようにしている。

東日本大震災の直後の大洗聖地巡礼

東日本大震災の発生から10日後の2011年3月21日(月)春分の日だった。
まだフリーのSEとしてソフトウエア開発に忙しかった時だったが、前夜にダウジングで聖地巡礼先を伺うと、大洗の弟橘媛命神社と出た。


まだ交通の便もままならない過酷な状況だったが、動いている交通機関をたどって、サバイバルトリップの末に何とかたどり着いた。
もちろん後ろについている守護する存在は、絶対無理な指令など出さないだろうから、なんとか行けることはお見通しなのだろう。


今、その日の聖地巡礼をまとめた下記の記事を読んでも、他人事のようにスリル溢れる物語に思えてくる。



そのときの弟橘媛命神社の境内は、下記の写真の通り。


石灯籠が倒壊していたものの、拝殿と本殿は無事だったようだ。
高台にあるために、津波の被害は免れた。

女神の悲しみは津波のせいだった?

いま思うと、弟橘媛命さまが悲しまれていた最大の理由は、5年後に大洗の地を襲うだろう「大津波」のせいではなかったか。


下記の大洗町のサイトを見ると、東日本大震災では津波が自家用車の半分くらいまで浸水して浮くほどだったようだ。


しかしながら、犠牲者・行方不明者がゼロだったという。
そのニュース記事を見て、「あ、やっぱり…」と思った。
「オトタチバマヒメさまが大洗の町を護ってくださったのではないか」と。


東日本大震災が起きた年の1月頃から、ずっとオトタチバナヒメさまに呼ばれているような気がしていた。
…とブログで書いていた。
もっと正確にいえば、大洗の弟橘比賣神社に来るようにと?


SEとして多忙だったとはいえ、あの時に地震・津波の鎮静の祈りをしていたら少しは事態は変わっていたかもしれないと思うと、無念の想いだ。
だが、やはり大洗はオトタチバマヒメさまが護ってくださったのではないかという想いが強い。


ちなみに、このブログの資料ページとして、「オトタチバナヒメ(弟橘媛命、弟橘比売命)を御祭神とする神社」のページをまとめています。
www.tankyu3.com
 

なぜ神棚に祀っているか?:弁財天さま

次は、弁財天(弁才天)さまをお祀りしている理由を。
神棚を建てたときにウガン(拝み)をしてもらった琉球シャーマン(女性)に、「百瀬さんは水神さまにご縁がある」と言われて、三社神棚に祀ることにした。


その三社神棚には、中央に天照大神を、右側には氏神様として諏訪大明神(産土神でもある武蔵野神社の御札)をお祀りしている。

走水神社

ここからやっと本題に入れる。
花小金井駅から西武新宿線で高田馬場へ行き、山手線に乗り換えて品川で京浜急行線に乗り換え。
三崎口行きに乗り、堀ノ内でまた乗り換えて、馬堀海岸駅で降りる。
時間がないので、タクシーで走水神社へ。


https://www.instagram.com/p/BsPNYchlo1z/
【神奈川聖地巡礼】知る人ぞ知る聖地の走水神社で神札をいただいた。自分の不思議体験から、ご祭神の弟橘媛命さまは津波からも人々を護ってくださることがわかり、それで3.11前からご縁ができたのだろう。内外の海の女神さま方に不思議とご縁がある。Ototachibana Hime, Japanese goddess of the sea.#走水神社 #弟橘媛命 #パワースポット #聖地巡礼 #津波 #スピリチュアル


5日でも境内は初詣の人々が多い。
祈りを終えて、おみくじを引くと、小吉だった。
過去記事を読んで気づいたのは、社殿より登っていったところに諏訪神社の祠もあり、そこにお参りしなかったのが、この結果の理由ではないかと思い始めた。
父方の先祖代々が諏訪で、諏訪大社を氏神とする身で、何事かと?


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愛弥美だけは元日の武蔵野神社に続いて大吉。
この子は、大吉をいただく確率が家族で一番高い。


https://www.instagram.com/p/BsPrcDgFTJo/
【愛弥美】走水神社でおみくじを引いたら、また愛弥美だけ大吉。なんで大吉以外は出ないのかというと、やっぱり一番欲がないからかな。色んな意味で不思議ちゃん。#おみくじ #大吉


走水神社の滞在が短く済んで、スケジュールをかなり前倒しにできた。
タクシーを呼んで、馬堀海岸駅前で急いで昼食。

江島神社へ

馬堀海岸から京急で横浜に戻り、東海道線の藤沢から小田急江ノ島線に乗り継いで、片瀬江ノ島駅へ。
江の島の鳥居の前まで来た時に、さるちゃんが疲れ果てた表情で、私だけお参りしてほしいと言う。


それで、一人で江島神社を巡礼することにした。


https://www.instagram.com/p/BsRjpZOFRXK/
【神奈川聖地巡礼】江島神社では5日でもこの弁財天像あたりから行列で規制があった。でも一番上の奥津宮までお参りする人は10分の1位?それでご利益得たいとは甘過ぎ。神社参拝は「レジャー」ではないし、「ついで」に行く所でもない。私は過去世からインドあたりでサラスワティー様の信仰があったのかも。#江島神社 #江島弁財天 #弁才天 #初詣 #サラスワティー


いちばん最初にある辺津宮の前は、この通りの多くの人出。


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奉安殿(ほうあんでん)の弁財天さま

辺津宮(へつみや)の隣の八角形の奉安殿(ほうあんでん)で、弁財天さまがお祀りされている。
ここで神札をいただき、祈る。


https://www.instagram.com/p/BsQSPcZlXAE/
【神奈川聖地巡礼】江島神社は他の家族が疲れはてて単独で廻り、江島弁財天の神札をいただいた。弟橘媛命、江島の三女神と弁才天、今日は廻れなかったが横浜媽祖廟と、3.11の前に水を司る女神さまのコースを何度巡礼させられたか。そこで全てを悟るべきだった。#弟橘媛命 #宗像三女神 #弁才天 #媽祖 #横浜媽祖廟 #女神


ここは100円の入場料があることもあって、お祈りする人はごく一部。
本来は弁財天信仰の地なのに、おかしな話だ。
霊感があって本当に何かを感じる人は、引き寄せられるのかもしれないが。

中津宮

次の中津宮の前の行列は、辺津宮の参拝者の5分の1にも満たないだろうか。
他の人たちは、江島神社に、いったい何をしに来ているのだろうか。

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奥津宮

最後の最も高いところにある奥津宮は、お年寄りだと山登りが大変で、エスカーというエスカレーターを使っても疲れるだろうから、それは仕方ないだろう。
それでも、10分の1くらい(もっと少ない?)まで減るのは、最初から最も大きな辺津宮にお参りさえすれば終わったつもりになるからか。


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私のこれまでの経験では、三社の中ではここが一番の、俗に言うパワースポットというか、いちばん強い力を感じる。
いつも、ここで普通にお祈りしていると、前に引っ張られるような感じがする。

龍宮(わだつみのみや)

江島神社三社の他に、最後の奥津宮の隣の龍宮(わだつみのみや)でも祈る。
自分的には、ここは弁財天様のお堂と同じくらいに重要な聖地だ。


というのも、私には龍神さまの守護もあるから。
もともと氏神さまの諏訪大明神さまも、龍蛇神信仰が強い神さまだからだろうか。
いつも聖地巡礼中にはほとんど雨に振られず、聖地に着いたとたんに雨がやんだりする不思議現象を何度も経験している。


https://www.instagram.com/p/BsRl2RMlGMb/
【神奈川聖地巡礼】江島神社の「龍宮」(わだつみのみや)。比較的近年の創建。以前に琉球シャーマンの拝みの元で神棚を建てた時には彼女とこの前に座って祈った。その直前に、家の中を大蛇が這っている夢を見て、鰻の肌の様だったので鰻類が食べられなくなったと彼女に言ったら私も同じだと。今でも無数の蛇が家の中を這うのが視えて、霊感が強い人が訪れたら驚愕するかも。#江島神社 #龍宮 #龍神

女神を巡る旅

江の島の入り口に戻って、家族と一緒に片瀬江ノ島駅へ。
そして横浜中華街で、食べ放題の夕食をとった。


この日は合計で6時間くらい移動時間がかかっただろうか。
長く歩くことをしないタイ人や子供たちには酷な旅だっただろう。
そして、いちばん長く歩き回った62歳の私にとっても。
だが、聖地巡礼というのは不思議と「力」をもらえるような気がする。


本来ならば中華街の媽祖廟もお参りするのだが、着いた時には17時過ぎで、諦めた。
弟橘媛命さま、宗像三女神さま(以上は日本)、弁財天さま(インド)、そして媽祖さま(中国)と、海(水)を司る女神さまばかりにご縁がある。
そのご縁ができたのは、東日本大震災の前だった。


特に、既述のようにオトタチバナヒメさまは津波も含めた海上安全を司る。
また、元は中国の霊力が強いシャーマンだった媽祖さまも、また同様に海を護る女神だ。


やはり、すべては「意味」があるのだ。
その時点で、いつか津波が来るために祈らされていると悟るのは難しかったとしても、もっと真剣に災害鎮静の祈りはできたかもしれないと思うと無念だ。

次は神奈川?

東日本大震災が発生した後で、大洗、横浜、浦安、江の島と、「なぜここなのか?」と思うところばかり巡礼させられていた。
だが、今ではその答えはわかっている。
「次は神奈川」ということだ。


2012/01/03朝に、寝床でまどろんでいて、「まぼり つなみ」という声が聞こえた。
走水神社に近い馬堀海岸に、津波が押し寄せるということだろうかと感じた。


翌年2013/03/26には、派遣されていた平和島の会社の通勤前に、美原観音で地震鎮静の祈りをしていて、「さがみ」という声が聞こえた気がした。
相模つまり神奈川県で大きな地震または津波があるぞということだろうかと感じた。



以前に聖地巡礼を頻繁に行っていた時には、横浜を含めた神奈川県へ行かされることも多かった。
中には湘南あたりの弟橘媛命さまゆかりの神社もあったが、それも先読みすれば、将来の津波の危険があるからということかもしれない。


その聖地巡礼で、横浜などを歩いていて、土地の起伏がけっこうあり、斜面を削って住宅が建てられているのを見る度に、「このへんで大地震が起きたら大丈夫かな?」とよく思ったものだった。


このように、「次は神奈川か」と思わせる要素が少なくない。
南海トラフ巨大地震(東海地震)か、または別の大地震なのか、わからない。


今回の神奈川聖地巡礼では、そのようなことも念頭に置いて、地震・津波鎮静を祈ってきた。
東日本大震災の直後に、今のタイ人の妻に出逢った。
これも何か意味があることなのだろう。
そして、その後は聖地巡礼よりも、地震などの情報を「伝えること」という役割にシフトしていったようだ。


今後も、与えられた本務を全うすることに人生を捧げたい。
自分がこれからどうなりたいという思いなど全くないし、そういうことは二の次だ。






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