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ノンフィクションライター、超常現象研究家の百瀬直也がスピリチュアル・霊性・予言等を探求する

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【不思議な話】私のチャクラ体験~守護霊(守護神?)の降臨(百瀬直也)

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百瀬が30歳の時に精神的に非常に不安定になった一連の体験を、霊的現象やシャーマニズムを長年研究してきた自分自身で解釈してみた。


百瀬直也1997-2017(c)無断転載を禁じる。


【目次】

きっかけ

これから書く一連の出来事が起きる前までは、私は霊的現象や不思議な話は人一倍好きだったが、自分でそのような体験をしたことは、あまり多くはなかった。
すべては、私が30歳になったこの年に始まったのだ。


1986年の春、プログラマーとして、ある会社に派遣されていた時のことだった。
派遣先の会社のある女性に失恋したことや、職場でのストレスなども重なって、健康を損ねていた。
不眠症になり、スイミングクラブに通ったりしたが、かえって体調を崩してしまった。


彼岸の入りの数日前、偏頭腺が腫れて風邪をこじらせ、数カ月間治らなかった。
病院へ行っても治らず、鍼灸院での鍼治療も効果がなかった。
喘息のような咳が止まらず、苦しい状態が続いた。
なにか、霊的な原因があるに違いないと思ったりした。


私の両親は、故あって私が高校生の時に別れていた。
母が子供3人を連れて、家を出たのだ。
私が28だった1984年に、風の噂に、父が亡くなったことを知った。
妻子と別れた精神的ショックもあってか、以前から喘息を病んでいたが、はガンだったという。
両親の信仰心がなく、仏壇のひとつもない家に生まれた私は、春の彼岸をきっかけに、父のために小さな仏壇を買って、自分なりに供養することにした。

恐怖体験

その出来事は、ちょうどその頃に起きた。
豊島区大塚のアパートに母と二人で住んでいた時のことだった。
ある晩、夜中の2時頃に、ふと目が覚める。
目を開けると、真っ暗な中、自分と天井との間の空間に、何かモヤのような存在があるのを感じる(肉眼で見えたわけではない)。
そして恐怖感を覚えた。


直感的に、それが一昨年に亡くなった父の霊だと思った。
「いま父の想念に同調したら憑依されてしまう…」そう思った直後だった。
ドシーンという音とともに、胸に大きな衝撃を受け「やられた!」と思った。


体は金縛りの状態だった。
後で考えると、その時の「音」は物理的に耳で聴いた音ではなく、心の耳で聞こえたのだろう。

情緒不安定は憑依のせい?

その後数カ月間、不眠症はますますひどくなり、暗い気分の日々が続き、常に情緒不安定だった。
頭の中を引っかき回されるような感じがした。


表情も暗くなり、眉間にしわが寄ってしまう自分の顔を鏡で見て、明るい表情をつくろうとするのだが、どうしても直らない。
同時に、恐い夢や不思議な夢をみるようになる。
ある時は、夜、目が覚めて幽体を体から引っ張り出され、数十センチ上空に横たわったまま右に左にグルグル回されたりするということもあった。
また別のときには、夜に目が覚めて、どういうわけか合掌したくなり、霊体の腕の部分だけが肉体を離れて合掌している(肉体の腕の感覚は、まだ布団の上にある)ということもあった。
目をつぶったままだったが、なぜかそう感じた。
また、金縛りにも時々あった。


このような体験をした後も、まだ父の霊に憑依されているのだという確信はもてなかった。
今の状態を何とかしなければと思い、宗教関係の本を読んだりしているうちに、本山博先生(故人)の宗教関係の著作に出会い、感銘を受ける。本山先生は超心理学の権威として世界的に著名な科学者であり、すべてのチャクラを目覚めさせた霊能者であり、また神社の宮司でもある。
そのことがきっかけとなって、神の存在と信仰について考えるようになる。

ヨガの行

本山先生が宮司をされている神社に行った時に、社務所の相談役の女性が、霊に憑依されている人は、憑依されないようになるために本山先生考案の「経絡体操」をやったり神社でヨガの行をやると良いというような意味のことを、遠回しな表現で言っていた。
憑依の体験を一言もしゃべっていなかったが、外見上から、私が霊障を受けていることを察したのだろう。


その後、本山先生が会長をされているIARPという団体で、瞑想とヨガの行を始める。
週末には、神社のご神前で有志が毎朝瞑想を行う「早朝ヨガの会」に参加した。
その年の12月、ワープロを買ったのをきっかけに、パソコン通信に熱中しはじめる。


次第に早朝のヨガ行から遠ざかるが、夜、暗闇でローソクの炎を凝視するトラタカという行は続けていた。
これは胃のところのマニプラチャクラを目覚めさせるのに良い行法だとされている。

異常な現象

その頃から、食欲が異常に湧くようになった。
夕食を食べた後にもすぐ何か食べたくなり、冷蔵庫の中の食べ物を手当たり次第に食い漁った。
胃弱で小食の自分には信じられないぐらい大食になった。


それと同時に、毎日いろいろなメロディーが自然に沸き上がってきて、曲の断片を書き留めるようになった。また、この頃クラシックやチャクラのチューニングのための音楽などを聴いていて、マニプラチャクラのあたりからエネルギーが脊柱を上昇し、なんともいえない快感を味わう。
グスタフ・モローなどの幻想的な絵画を鑑賞しているときも、同様のエネルギーの上昇を感じた。
鮮やかなブルーが含まれている絵画を見ると、特にそれを強く感じた。
このようなときは、何とも表現できない恍惚となるような快感を得た。


瞑想中にも、いろいろあった。
マニプラチャクラあたりからエネルギーが脊柱に沿って上昇してきて、首の力を抜いていると自然に頭が後方に倒れてしまう。
ヨガの「アカシ・ムドラ」と呼ばれる型が、自然にできてしまうのだ。
直しても直しても、それを繰り返す。
そういうことが、何度もあった。
なんともいえない恍惚の体験だったが、この最中はその快感に執着しないように努力した。

チャクラとは

ヨガの教えによると、人間は物理的次元の心身の他に二つの霊的な次元における心身があり、その間をエネルギーが行き来するための変換の中枢を「チャクラ」と呼んでいる。
尾てい骨から頭頂まで、脊髄に沿って7つのチャクラがあり、それぞれ異なる性質をもっている。


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マニプラチャクラは、ちょうど胃のあたりにあり、物理的次元では消化器系統と関係している。
このチャクラは、ある種のエネルギーを受信する性質があり、本山先生によると、日本の巫女型の霊能者にはこのチャクラが多少なりとも活動している人が多いという。

また、喉のところにあるヴィシュダチャクラも、ある程度動き始めたようだった。


恐らく、30歳のときの一連の出来事によって、マニプラチャクラとヴィシュダチャクラが低い次元(気の次元とアストラル次元)で活動し始めたのだろう。
また、それによって、肉などの過食による強い性エネルギーがチャクラで創造的なエネルギーに昇華されるようにもなったのだと思う。

AMIの測定結果

本山博先生が発明されたAMI(経絡臓器機能測定器)という機器がある。
これは、経絡の電気エネルギーを測定することにより健康状態をチェックするものだが、ある経絡はチャクラに対応していて、経絡を測定することによってチャクラの発達度合いもわかるというのだ。


今まで何度か測定してもらった結果によると、私は主に喉のところのヴィシュダチャクラと胃のところのマニプラチャクラに対応する経絡がダイナミックに活動していることがわかった。
(注:目覚めている状態からは程遠い)
本山先生の研究成果によると、中国医学でいうところの経絡とチャクラは対応していて、あるチャクラが動いている人は、対応する経絡が活動的に、あるいは不安定になっているという。


この体験以来、少しは霊的なものに対する感受性ができてきたように思う。
夜、真っ暗な中でローソクを凝視するトラタカの行をやっていて、背後に霊の「気配」を感じることもあった。
天井を叩く音がする、ラップ現象なども頻繁に起こった。
自分が考えていることが「間違っているよ」とでも言いたそうなタイミングでいつも音がするのだ。

霊感の目覚め(?)

また、1994年から1996年までのべ1年半ほど、インドネシア・ジャワ島で働いていた頃には、霊の声を聞いたり、霊的存在に体を触られたりしたという感覚を覚えた経験もある。
霊聴や霊的次元での触覚は、喉のヴィシュダチャクラと関係しているものだろう。


霊の気配を感じたりするのは、胃のところのマニプラチャクラの働きであり、また霊聴や霊が触れるのを感じるのは、喉のところのヴィシュダチャクラの働きだろう。
霊的「触感」は、皮膚に関係があるヴィシュダチャクラの働きではないかと思うのだ。


だが、こんなことは低次元なことであって、自慢できるようなことではない。
霊的な現象とか瞑想のときの快感などは、執着してはいけないものであって、本山先生に言わせると、そういうものを超えたところに行くために行うのが「行」なのだ。超能力や霊能力などは、人間が霊的に成長するに伴って自然に出てくる「オマケ」のようなものであって、それを得るために行をするのは、本末転倒だ。


ヨガの根本教典『ヨーガ・スートラ』によれば、「ヨガとはこころの働きを止滅するためのものである」のだ。
そういう「超能力を得たい」とかいった欲望を含めて、自分がしがみついている「自分」から自由になって高次の世界に達するのが、あらゆる宗教的・神秘主義的な行の目指すところだ。
そこらへんを勘違いしてしまうと、低次元な「オカルト」やカルト宗教に落ちつくのが関の山になってしまうのだろう。

チャクラが動き出す時

一般的に、チャクラは厳しい修行を積んだ結果として、または私の例のように精神的なストレスがきっかけとなって動き出しやすい。
いわゆる霊能者と呼ばれるような人々も、その多くは離婚を経験したり配偶者を亡くしたりしたことをきっかけとして霊能力が発現することが多いのも、このためだ。


繰り返すが、私のチャクラ体験など大したことは全然なく、チャクラが高い次元で「目覚めた」人たちとは程遠い。
だが、霊能力と呼ぶにはためらうが、多少不思議な能力が発現したことはたしかだ。
たとえば、隠されたものを当てる能力。
小さな器を3つほど伏せて置き、目隠しした状態で、その器の一つの中に宝石などを置いてもらい、手をかざして当てるというものだ。
偶然の確率を越えるレベルで当てることができる。


また、ダウジングの能力は以前からあったが、ものを当てる能力に磨きがかかってきたようだ。
上に書いたような状態で、手かざしの代わりに水晶ペンダントなどのペンジュラム(振り子)を使い、同じように当てるのだ。
または、コインの裏表を、目隠ししたままで当てることもできる。
ある友達に「実験」されて、10回中9回当てたことがある。


また、いわゆる「シンクロニシティー」がよく起きるようになった。
恋人や妻など、特に心が通いやすい人との間で、遠くはなれていて同じことを考えたり同じ行動をしていたことが後になってわかったということが多い。
現在の妻であるサルちゃん(タイ人のサルタヤー)と一緒になってからは、たとえば昼間に職場でカレーが食べたいと思って帰宅したら、夕食カレーが出たとかいうことが、しょっちゅうある。
サルちゃんからは、私があまりにも彼女の心の内を見透かすようなことが多いので、半分疎まれている(?)


聖地に行って雨に降られないとか、雨が避けてくれるという体験も、何度もしている。
芸術作品を創造したり、ものを書くという作業も、チャクラの体験以降に高まったものだろう。
精神的に不安定な時にブルーの色に惹かれたのも偶然ではなく、それはヴィシュダチャクラの色なのだ。
一時期、異常な食欲があったのは、マニプラが動いている霊能者などによく見られる特長だ。


特に、妻が妊娠中だったりとか禁欲を強いられる状態では、創造力が増すように思える。
チャクラの体験をして、人間的に変わった部分としては、それまでものすごく我がままで自分勝手に生きてきたのが、人の気持ちや人の痛みを少しはわかるようになってきたことだろうか。


また、もともと物や金に対する執着心がない方だったが、それが更に進んできたようだ。
このような性質も、マニプラチャクラやヴィシュダチャクラが目覚めた人の性格からも類推できる。


こうして、私は好むと好まざるとに関わらず、こういう霊的世界から抜け出せなくなってしまったのだ。

「憑依」ではなく「降臨」だった?

さて、ここまでは2003年までに旧Webサイト用に書いたものだが、2017年の現時点では、ここに書いた「憑依体験」は実際はそうではなく、実際は私を守護する存在が「降臨」したのだろうと考えている。
「降臨」などと言ってしまうと、ちょっと大げさになるが、他に良い言葉が思い当たらない。


2000年代前半頃に、知り合いの沖縄出身の女性シャーマン(「ユタ」は蔑称の意味合いが強いので使わないことにしている)に、台所のヒヌカン(火の神)と神棚を建てるために「拝み」をしてもらったことがある。
彼女は、私に初めて逢った瞬間にビックリしたような顔をしていたが、それは私の背後に「立派な神さま」がついているからだという。
その方は、彼女曰く私の「守護神」となっていて、かつて諏訪大社で神官を務めていたという。


普通に考えてみると、霊的存在の憑依の際に、私が30歳の時の深夜に体験したようなショックと共に体に入ってくるなどは、あまり見聞したことがない。
実はあれが、その守護神(守護霊)の降臨だったのではないかと思う。


霊感などというとおこがましいが、あれ以来、ちょっとした能力が出てきたり不思議な体験をするようになったのは確かだ。
私は「聖地巡礼」と称して神社仏閣などの聖地を周るようになったが、その際には自分で行き先を決めることはまったくなく、すべてマップダウジングで「お伺い」を立てるのだ。

諏訪大明神との御縁

思えば、私が神社、特に諏訪大明神とのご縁を強く感じるようになったのも、守護する存在の更に上に諏訪の神さまが護ってくださっているせいかもしれない。
父が長野県の諏訪の生まれで、父方の先祖代々、諏訪大社を氏神として信仰してきた。
そして、現在も家の神棚で、産土神様である武蔵野神社の神札をお祀りしているが、そこには諏訪神社が合祀されているのだ。


これまで私が自分で物件を探して住んだ土地(4カ所)には、すべて一里(2km)以内に諏訪神社(合祀を含む)があった。
そのことは、住み始めてから知ったのだ。
逆にいうと、諏訪大明神さまが鎮座する土地以外には住めない人間なのかもしれない。
それらの神社は下記ページにまとめてある。


tankyu.hatenablog.com


マニプラチャクラが動いている人は日本の霊能者に非常に多く、日本人の霊的発達段階がマニプラだという。
私はどちらかというと、喉のヴィシュダの方がメインに働いていて、それが執筆や研究活動にも大きな影響を受けているように思うのだ。


いま思うと、あの30歳の時の一連の不安定になった経験は、ちょうど琉球シャーマンが「神ダーリィ」と呼ぶ巫病状態に似ているかもしれない。


【完・1997/02/11記、2003/06/05加筆訂正、2017/11/08再度訂正】


ピーエムオフィスエー 1/150スケール プラモデル 信濃國一宮 諏訪大社 下社秋宮

ピーエムオフィスエー 1/150スケール プラモデル 信濃國一宮 諏訪大社 下社秋宮

チャクラの覚醒と解脱

チャクラの覚醒と解脱





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